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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)7879号 判決

原告 河上政治

被告 磯野貞夫 外一名

主文

一、被告磯野貞夫は原告に対し、金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年一〇月六日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、原告の被告小林ちよに対する請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用中、原告と被告磯野貞夫との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告小林ちよとの間に生じた分は原告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り執行することができる。

被告磯野貞夫が、金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一、原告の主張

(請求の趣旨)

一、被告等は原告に対し、各自、金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年一〇月六日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一、被告磯野は電気カミソリ等の販売を業とする訴外チヨ電機株式会社(以下訴外会社という)の代表取締役であり、被告小林はその取締役である。

二、被告磯野は、訴外会社の代表取締役として、昭和三二年五月六日訴外会社の名義で訴外松村五郎に対し、(イ)金額二〇〇、〇〇〇円、満期昭和三二年六月二四日、支払地及び振出地は共に東京都中央区、支払場所株式会社三井銀行堀留支店、(ロ)金額二〇〇、〇〇〇円、満期昭和三二年七月一四日、支払地、振出地、支払場所はいずれも右(イ)の手形に同じ、という約束手形二通を、受取人欄を白地のまま振出交付した。

三、しかしながら、被告磯野は、訴外会社が右約束手形金を支払う能力及び意思がないのに拘らず、これあるように装つて右松村五郎を欺罔し同人に右約束手形二通を振出交付したもので、被告磯野の右行為は、訴外会社の代表取締役としてその職務を行うにつき悪意か少くとも重大な過失があつたものであるから、商法第二六六条の三の規定に基き、被告磯野はこれがため第三者である原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。

四、ところで原告は、右松村五郎より本件約束手形二通の譲渡を受け受取人欄を原告名義に補充した上、訴外富樫吾郎に対し白地式にて裏書譲渡し、更に右富樫吾郎は前記(イ)の手形を訴外榎本昇に対し白地式にて裏書譲渡し、右榎本昇はその満期当日支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたので、右富樫吾郎は同人よりこの手形を受戻した。そこで原告は、昭和三二年七月末頃右富樫吾郎に対し、金三〇〇、〇〇〇円を支払つて同人より本件約束手形二通を受戻してその所持人となつたが、訴外会社は既に昭和三二年五月一二日頃事務所を閉鎖してその資産は全くなく、訴外会社より本件約束手形金の支払を受けることが不能となつたから、原告は結局金三〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つた。

よつて原告は被告磯野に対し、金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状が同被告に送達せられた日の翌日である昭和三二年一〇月六日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

五、また、被告小林は、訴外会社が本件約束手形金を支払う能力及び意思がないのに拘らず、被告磯野と共謀して本件約束手形を振出した。しからずとしても、被告小林は、訴外会社の取締役としてその取引や資産状態を知悉していたのであるから、被告磯野の本件約束手形の振出行為を防止すべき義務があるのに拘らずその義務を怠り、被告磯野をして右行為をなさしめた。従つて被告小林も、また、訴外会社の取締役としてその職務を行うにつき悪意か重大な過失があつたものであるから、商法第二六六条の三の規定に基き、原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。

よつて原告は、被告小林に対しても被告磯野と同額の金銭の支払を求める。

第二、被告磯野の主張

(請求の趣旨に対する答弁)

一、原告の請求はこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

(請求原因に対する答弁)

一、請求原因第一、二項の事実は認める。

二、同第三項の事実は争う。

三、同第四項中、本件約束手形二通が不渡となつたこと、訴外会社が原告主張の日時事務所を閉鎖したことは認めるが、その余の事実は不知。

第三、被告小林の主張

(請求の趣旨に対する答弁)

請求棄却の判決を求める。

(請求原因に対する答弁)

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は不知。

三、同第四項中、訴外会社が原告主張の日時事務所を閉鎖したことは認めるが、その余の事実は不知。

四、同第五項中、被告小林が被告磯野と共謀して本件約束手形を振出したことは否認し、その余の事実を争う。

第四、証拠関係

一、原告は、甲第一号証の一、二、第二号証を提出し、証人松村五郎、同吉田徳司の各証言並びに原告本人尋問の結果を援用し

二、被告磯野は、甲号各証の成立を認め、証人大久保行夫の証言並びに被告磯野本人尋問の結果を援用し

三、被告小林は、甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、被告磯野に対する請求について

被告磯野が、電気カミソリ等の販売を業とする訴外会社の代表取締役であること、同被告が訴外会社の代表取締役として、昭和三二年五月六日訴外会社の名義で訴外松村五郎に対し、(イ)金額二〇〇、〇〇〇円、満期昭和三二年六月二四日、支払地及び振出地は共に東京都中央区、支払場所株式会社三井銀行堀留支店、(ロ)金額二〇〇、〇〇〇円、満期昭和三二年七月一四日、支払地、振出地、支払場所はいずれも右(イ)の手形に同じ、という約束手形二通を受取人欄を白地のまま振出交付したこと、そして右約束手形二通がいずれも不渡となつたことは、当事者間に争ない。

そこで被告磯野の右約束手形を振出した行為が、訴外会社の代表取締役としてその職務を行うについて悪意又は重大な過失があつたかどうかについて判断するに、証人松村五郎、同大久保行夫の各証言並びに被告磯野貞夫の本人尋問の結果を綜合すると、訴外チヨ電機株式会社は昭和三二年四月一日頃資本金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて設立せられた会社であるが、訴外日立商事株式会社の金一〇、〇〇〇、〇〇〇円に上る債務を引受け、本件約束手形を振出した同年五月初旬頃は、資産の見るべきものがないのに反し、その負債は金二〇、〇〇〇、〇〇〇円程度に達していたこと、ところで訴外松村五郎は同年四月三日訴外会社より電気カミソリのケースの製作を依頼され、同年同月二四日以降逐次製作品を訴外会社に納入していたが、同年五月六日その材料費に充てるための前渡金として訴外会社より、金融に便利なように特に受取人欄を白地のまま本件約束手形二通の交付を受けたこと、訴外会社は右のように巨額の債務を負担し経営が頗る困難であつたが、被告小林より援助を受け辛うじてその場その場を切り抜けて営業を続けていたこと、しかるに同年五月一〇日頃訴外会社は先に振出した約束手形金の支払に窮したので、被告磯野は被告小林に対し資金の援助を懇請したところ拒絶せられたため、遂に同年同月一二日頃事務所を閉鎖して全く営業を停止したことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして右認定事実によれば、被告磯野は、訴外会社が本件約束手形を振出したとしても、当時における訴外会社の資産状態からして果して満期にその支払ができるかどうかその見込みが極めて薄いのにも拘らず、漫然被告小林より資金の援助が受けられるものと軽信し、訴外会社の代表取締役として本件約束手形を振出し、その結果不渡となつたものであるから、被告磯野が訴外会社の代表取締役として本件約束手形を振出した行為は、商法第二六六条の三所定の取締役がその職務を行うについて、少くとも重大な過失があつたものというべく、被告磯野はこれがため第三者である原告が蒙つた損害を賠償する義務がある。

よつて進んで原告が蒙つた損害について判断するに、成立に争ない甲第一号証の一、二、第二号証、証人松村五郎の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は訴外松村五郎より本件約束手形二通の譲渡を受くるや、受取人欄を原告名義に補充し、訴外富樫吾郎に対し拒絶証書作成義務を免除の上白地式にて裏書譲渡し、更に富樫吾郎は前記(イ)の手形を訴外榎本昇に白地式にて裏書譲渡し、榎本昇はその満期当日支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶されたので、富樫吾郎は同人より(イ)の手形を受戻し本件約束手形二通の所持人となつたこと、そこで原告は、昭和三二年七月末頃右富樫吾郎に対し、金三〇〇、〇〇〇円を支払つて同人より本件約束手形二通を受戻して所持人となつたこと、しかるに訴外会社は既に昭和三二年五月一二日頃事務所を閉鎖してその資産は全くなく、原告は訴外会社より本件約束手形金の支払を受けることが不可能な状態であることが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。しからば、原告は被告磯野が本件約束手形二通を振出した行為により、結局金三〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つたものというべきである。よつて被告磯野は原告に対し、損害賠償として、金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状が同被告に送達せられた日の翌日であること記録上明かな昭和三二年一〇月六日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二、被告小林に対する請求について

原告は、被告小林もまた被告磯野と共謀して本件約束手形を振出した旨主張し、被告小林が訴外会社の取締役であることは当事者間に争ないが、共謀の事実を認むるに足る証拠はないから、原告の主張は失当である。

次に、原告は、被告小林は訴外会社の取締役としてその取引や資産状態を知悉していたのであるから、被告磯野の本件約束手形の振出行為を防止すべき義務があるのに拘らずその義務を怠つたから、商法第二六六条の三の規定に基く損害賠償責任がある旨主張する。しかしながら、株式会社においては代表取締役のみが業務執行の権限を有し、代表取締役にあらざる取締役は業務執行の権限を有せず、ただ取締役会の構成員として業務執行の意思決定に参加し、これによつて代表取締役の業務執行を監督する義務を負うに止り、取締役会の決議に基かない代表取締役の個々の業務執行行為を監督する義務はない。このことは商法第二六六条の三第二項において同法第二六六条第二項及び第三項の規定を準用しているところからも窺知し得るところである。そして本件において、本件約束手形の振出が訴外会社の取締役会の決議に基いてなされたものであることについては、これを認むるに足る証拠はなく、従つて被告小林において被告磯野の本件約束手形の振出行為を防止する義務はないから、これがため原告が損害を蒙つたとするも被告小林に対し商法第二六六条の三所定の責任を問うことはできない。

三、以上のとおり、原告の被告磯野に対する請求は正当であるからこれを認容し、被告小林に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を、仮執行について同法第一九六条を適用してて、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田久雄)

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